上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top





 以前、この細谷先生の『日本外交の軌跡』という本を読んで、大変興味深かったのでこの本も読んでみました。私が1905~1920年代前半の時代に興味があるので、この本もその範囲のシベリア出兵を研究された本です。

 予想通り大変興味深く読むことができました。この本では、日本が1918年にシベリアに出兵を行いますが、この出兵がどのような過程で決定されたのかということが書かれています。

 このシベリア出兵は、1917年ロシアで起こったロシア革命に対する干渉戦争といわれることもあります。第一次世界大戦中ということもあり、イギリス・フランス・ロシアはドイツ・オーストリア=ハンガリー帝国と戦闘中なのに一緒に戦っているロシアが戦争から離脱します。

 そうなるとイギリス、フランスは困るわけです。ロシア方面に存在しいたドイツ軍がこっちに来る、それをさせないためにイギリスやフランスは、日本にシベリアに来てとお願いをするわけです。もちろん日本は、でも賛否両論があります。賛成しているのは、陸軍などで長年の敵国であるロシアの脅威を取り除くことができると考えます。反対派は、日本が膨張的な領土意欲を持っていると国際社会から不信に思われる。特に、アメリカにどのように見られるかということに大変気にしています。

 結局、シベリア鉄道沿線で危地におかれた「チェコ軍を助ける」というアメリカの呼びかけで、日本・アメリカ・イギリス・フランス・中国の軍が干渉行動が行われます。

 この時、アメリカは日本に兵の数は同じくらいにしようね、範囲も限定でねと約束していたのにも関わらず日本は、約束していた1万程度から7万人以上の兵が戦闘任務に従事します。範囲も拡大するということでアメリカの日本に対する不審がつのっていきます。

 アメリカが1920年に撤退しますが、日本は1922年までシベリアに駐兵を行います。当初の目的であったチェコ軍の救出も終わったのに、こんなところにいたら、国際社会から日本は何やら怪しいなと疑われるのも当然です。現地でも日本って悪いやつらだなと思われてしまったようです。

 結局、このシベリア出兵によって得たものは何もありません。著者は、「日本軍部にとっては失敗の記録」と述べています。また、この本でも書かれておりますが、いったん派兵すると撤退することがどれほど大変かということもわかります。この歴史を学んでおけば、後の大戦を回避することが出来る可能性もあったのです。著者は、「太平洋戦争に突入した1941年、戦争の回避をもとめた日米交渉も、中国からの日本軍の撤兵問題で難航」と書かれているように、撤兵が出来ないために大きな戦争となったのです。現在でもアメリカは、イラクと戦争を行いましたが、撤兵には苦労をしました。

 歴史は、繰り返すと言いますが、この本は今後の日本が進んで行くときにも大変大きな参考になると感じました。また、今回も外交の決定には、関係者の大変なご苦労があるんだということを再度認識させられました。






スポンサーサイト
2015.05.13 Wed l l コメント (0) l top

コメント

コメントの投稿












上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。