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 阪神淡路大震災から21年となりました。あの日の出来事は、昨日のことのよ
うに覚えています。

 学生だった私は、当時アルバイトを終え休憩室でアルバイト仲間と談笑をしておりま
した。突然、下から突き上げられたかと思うと、次に長い時間の揺れが襲ってきました。

 地震に不慣れだった私は、どうしてよいかわからずただ固まった状態で身動きができ
ませんでした。仲間も同様で声も出すことが出来ませんでした。

 天井が落ちてくるかもしれないという恐怖もありましたが、何ともなく揺れがおさま
り無事に帰宅することが出来ました。

 その後、睡眠をとって起床後テレビで高速道路が倒れたり、家が多数燃えていた状況
を見て、何が起きたのか全く理解できず、少しして大きな地震であったということを
理解することが出来ました。

 私の後輩も被害を受けました。家が半壊で住むことができないと聞いておりました。
彼は、その後学校に来ることができなくなりました。経済的に苦労されたのかもしれ
ません。
 
 アルバイトで現地にも行きましたが、焼け野原という感じです。ガレキが山のよう
になっており、人々はマスクをして片づけをされていました。被災者の方は、大変な
苦労をされたことだと思います。

 あの震災では、政治的な判断のミスもありました。当時の総理大臣、兵庫県知事の
判断の遅れは、被災者が増加したことはいうまでもありません。

 悲惨な震災でした。この阪神淡路大震災のことは、風化させることなく地震の恐ろ
しさを未来に伝え、何が不足していて、私達が出来ることは何かということを学ぶこ
とが重要です。


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2016.01.17 Sun l 雑感 l コメント (0) l top

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