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 本を読むとき、どうしても自分の好む考え方や、好きな人の本を読んでしまいます。これだと自分の考え方も偏ってしまう恐れがあります。たまには、自分の考えとは違う方の本を読むことも必要かもしれません。この本は、私とは全く逆の考え方を持つ方が書かれた本ですが、興味深く読むことが出来ました。

 全く違う考え方といいましても、そうだと同意できることもあります。

「私たちが子供の頃から教えられ、学んできた幕末維新に関わる歴史とは、「長州・薩摩の書いた歴史」である。

「歴史を皮膚感覚で理解するとは、その場の空気を感じることだ。歴史を学ぶとは年号を暗記することではなく、往時を生きた生身の人間の息吹を己の皮膚感覚で感じることである」

など、そうだと思うところもあります。

しかし、その他は私の尊敬している吉田松陰を

「今風にいえば、東京から遠く離れた地方都市の悪ガキといったところで、何度注意しても暴走族を止めないのでしょっ引かれただけの男である」
と書かれています。

 これだけ吉田松陰のことをボロクソに書かれているのを見たことがありませんでした。非常に新鮮でしたが、もちろんこの考え方に賛同することは出来ません。

 人にはさまざまな人がいます。また、その人を見るとき、私の見る見方と他の人が見る見方が違うということがあります。それは、その人に対する光の当て方が異なるので、見え方も違って当然です。富士山も静岡から見るのと、山梨から見るのとでは同じ山でも異なります。ただ、同一人物の見方がここまで違うかなと思いますが・・・。

 多様な考えがあることは素晴らしいことです。私とは違う考えでも尊重します。考えが違うからといって、差別や相手を傷つけるような発言はしません。多様な意見を発言できるこの日本という国の環境に感謝しなければなりませんね。






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2015.05.01 Fri l l コメント (0) l top

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